Venus
僕、ツイッターとかブログとかで、「自分の内面の暗いところ」を、よく発信してるの。
たとえば、「生きるのってめんどくさいなあ」とか。
「このひと、すきになれない部分が、さいきん目立ちすぎてるよ・・・」とか。
二つ目のこと。
そのひとに対して、「あ、でもすきになれる部分もいっぱい、たしかにある」と思い直したときに、そんなことを言っちゃったことを、「自分、弱いなあ」って思うのです。
「人」には、自分と相性がいい部分もあれば、自分と相性があまりよくない部分もある。
それはたぶん、人の心が「光」と「闇」でなりたっているのと同じだと感じます。
僕は、やみばかり呟いている。
でも、人の心が、ひかりとやみで成りたってるのは、きっと、本当。
僕は、一つの部分ばかりに注目するような、自分の癖をなくしたい。
今はまだその欲求は漠然とあるくらいだけど(水彩画みたいに)
その、水彩画の濃度が、あがっていくような気がします。
僕の好きなキャッチフレーズ。
鬼束ちひろっていう歌手の、CDのキャッチフレーズなんですけれど、
「すべての光と闇のために――」
Las Vegas っていうアルバムのキャッチフレーズです。
そして、Venus というのは、鬼束ちひろという歌手の「Dorothy」というアルバムに入っている曲です。
最近、この曲が、好きです。
ヲゥヲゥ~~
僕、わりと人から影響受けやすい。
お金がすごい好きで、でも正義感があって……っていうキャラクター。そしてこのドラマ、コミカルなんですけど、それが逆にシリアス感をひきたててる。
山田奈緒子は貧乳で悩んでいるそうです。
または、たとえば、鳥居みゆきとか。
ヒットエンドラ~ンで有名な芸人さん。
でも芸人さんっていうのが正しいのか、ちょっと不明なんですよね(;_;)
劇団もやってるそうで、演劇に近い、「芸」人さんだなーって感じ。
とても頭の回転が速い。youtubeで鳥居みゆきの動画が沢山あるんですが、じんじょうじゃない速さで、うまいこといえるんです。
あと、ご自分で「万人に受けるネタをやってなくて、二十人いれば一人に受ければいい」(意訳)とおっしゃってました。
三島由紀夫の切腹ネタとか、マイナーなの沢山ほりこんできてくれます。
そういうのすごく好きです('_')('_')
一番好きなのはぶっとんだ感じ。
なんか、フラストレーションをばばん!って表現(発散)してるように見えて、僕のもどかしさを代弁してくれてるように見える……(言いすぎかしら)
そして美人です(笑)
美人なのに、それを売りにしないで、目見開いたり、凄い表情をして芸をしてる。
せいしん性も面白い人。
だから、芸人さんっていうより芸術家さんかな~って、芸人さんっていう一つのくくりで見るのは野暮かも!
他にも影響を受けたなーと思う人は、戸川純とか、やっぱり美人だけどそれを売りにしてなさそうな人。
(僕は美人でもなんでもありませんが……)
影響を受けるということは「憧れる」ってことでもあります。
そう、
たくさん、美人だけどそれを売りにしていない(していなさそうな)人に憧れている……笑
美人になりたい(野暮なおもい)
自分について書いてみようと思います
ここはブログの説明通り、ただ発信し続けるラジオ局のようなものです。
ただ、自分のことについて書いているだけです。
壮大な自己紹介みたいなことをしているだけです。
たった二つだけ記事を書いて、見返して、思ったこと。
たしかにこれは、自分の書いた文章で性格が表れているかもしれないけど、「何月生まれ」とか「何が好き」とか、がしっと何か項目を決めて書いたほうが、自己紹介ぽくなるかもしれないなーと。
まるで、目の色は○色、性格は×× みたいな、小説のキャラクターの説明をするみたいに、してみようと思います。
(これは全て自己満足ですので……)
一つ目。「好きな音楽」
暗い曲が多い印象があるみたいですが、音楽といったらこの人!と自分の中でなってて、毎日のように聴いています。なので、暗いってなんだっけ? そもそも暗いっていう分類の仕方って、本当に正しい?って思っているこの頃です。
すごく、生命感にあふれた歌手の人だと思います。
・亡き王女のためのパヴァーヌ
曲です。ラヴェルさんが作った曲。
基本的に静かなのが好きです。この曲は、作った人が意図したこととは違うと思うけど、静けさをみださないように・静けさをまもるようにうたわれている みたいな感じで聴いてます。
あと、ちょっと懐かしい。
これは余計かもだけど、みんなが聴いてるようなバンドの曲は、あまり聴きません。聴いてると、急かされてるような感じがするし、みんなが聴いてる曲でいい気分になるのは、ちょっと好きじゃないんです。変な子ぽいけど。
・THE BLUE HEARTS
よくカラオケにいったときに歌います。
歌詞が好きで、こんなやさしい歌詞を歌ってたら、よく一人泣きしてしまうことがあります。
(うろ覚えですが)生まれた皮膚の色で いったいこの僕の 何が分かるというのだろう
という歌詞が出てくる曲で、一人泣きします。
これくらい(..)
あとは、とても余談。
J-POPで好きな歌手がうたってる、歌詞の特徴。
ちょっと抽象的。
それか、詩的。
自分の中にある、へんな思い込み的なのがあるんですが、
「日本語の歌詞は潔いほうがいい」、みたいな思い込みです。
話している内容をそのまま歌詞にした歌の中にも、好きなのはありますが、ちょっと気恥ずかしくなってしまうことも、たまにあります。
抽象的なのが、肌触りがいいっていうだけかもですが……。
でも日本語って、語尾とか、言葉遣いだけでも、喋ってる人を抜きにしたって、印象がだいぶ違います。
~だぜ ~であります ~やねん ~なのよ
この二つ、だいぶ違うでしょう?
僕は、~であります が最も、この中では好きであります
いさぎよいのがすきであります。
のらくろじゃねーか!って感じでありますけど……
英語の歌詞は、もう本能的な感じが、します しますであります
グーグルで、英語のこの曲の歌詞なんでありますっけ?と調べたら、グーグルは超長い歌詞を提示してきてくれますであります
長い、長いけど
英語では、私、大丈夫なのなんでであります?と思ったのであります
そこででてきたのが、口調。
英語で、~なのよ ~だぜ ~だよお ~であります大佐
とか、表現できないじゃないですか。
それが、長くなろうと、潔い……というかいい感じの淡泊さを出してるんじゃないかなーと思います。
あと、個人的なイメージでありますが・・・
英語の歌って、西洋海岸的なところでアコギ弾きながら遊牧でもしながら歌ってそうな感じ。「自由」
それが、もはや喋っていることをそのまま歌にしても、違和感がない理由かもなーと思っています。
以上。
長くなりましたであります大佐。
恋と言う言葉
恋という言葉は、自分には似合わないようで好きじゃありません。
さらに、それに愛をつけて「恋愛」って言葉になったら、もうお門違い感がすごいです。
キラキラした青春、ドラマみたいな青春みたい。
人を好きになったことはあります。
その現象は恋と呼ぶんだろうけど、「こい」っていう響きが、やっぱり気恥ずかしい感じもあります。
自分用語で、「こい」というのは「考えていた」っていう、ちょっと歯切れが悪いけど淡泊な感じがする言葉に置き換えようと思います。
考えていた時期もあります。
ポエマーぶるのが好きだったから、沢山その人についての詩もできました。
今見返すと、「くそったれ」と思ってしまう。
その人は、今、おそらくは私のことなど気にかけていないかもしれない。
あるいは、嫌いかもしれない。
嫌い、という言葉をつかえるのは、きちんと、それなりに解釈できる出来事があったからです。
拡大解釈かもしれないけどね。
その人のツイッター、知ってました。
ヘッダー、あんまり変えない人です。
でも、私との、何かがあった日に、変わってた。(これは自意識過剰かもしれないけど)
あと、大切なことは隠す人だと思います。
お仕事のこと、Twitterではほとんど言っていなかったように思います。
でも、僕が言い当ててから、おおやけにし始めたような気がします。
もしかすると、本当にこれはただの偶然かもしれないですが、もし偶然でなかったなら、良くも悪くも、自分は彼に、なにかしら影響したのだと思います。
けれど、それは嬉しいこと、とは絶対に言い切れないと思います。
好きの反対は「嫌い」ではなく、無関心
よくきく言葉です。
ああ、影響をあたえている。好きの反対の、無関心じゃない。
そう、ポジティブには捉えれないかもしれません。
嫌いなら、嫌いっていう感情は、彼の中にあるのかもしれません。
嫌いであるから、どうしても自分のことを意識して、その、何かがあった日に、行動をおこしてみたりする。
もしかしたら、そうなのかもしれません。
すべて、自意識過剰なだけかもしれないですが。
まどろみ
生きることって真剣に考えれば、夢見がちな自分から現実的な自分にならなきゃいけなくなる。
何の仕事をして稼いでいく?
とか、
もっと勉強しなきゃいけない
とか。
今、僕は高校生です。人として生きるために、「稼ぐ」ってことが当たり前だけど、小学生の頃よりも中学生の頃よりも、身近に感じられてきました。
大学へ行く方が、「稼ぐ」って点で有利になるのも承知です。
そして、勉強をする。
していれば、自分がまだ足らないこと、もっとしなきゃいけないことが多くあると実感する。
話は変わりますが、昼寝をするのが、けっこう好きです。
あと、ぼうっと何かを考えるのが好きです。
そして、何を書くか決めずに落書きしたり、料理したりするのも好きです。(たまに良いのができます)
でも、好きじゃないのは、「ギスギス」していることです。
お金とか、交友関係のドロドロとか、競争とか。
でも生きてれば、絶対直面するし。
そういうとき、安直かもしれないけど、感じるのが
「もういなくなりたい」
勉強とか、稼ぐとか、そういうことから解放されたい。
”お金持ちになればいい” のかもしれないけど、
お金持ちもそれなりに資産運用とか、忙しそう。とても牧歌的で、好きな時に料理をして、好きなくらい寝ていられる。そんな生活は、そうそうないんだろうなって。お金持ちになったとしても、全部から解放されない。
余計に、まどろみが恋しくなってしまう(笑)
そして、たまに、まどろみが「淡い期待」と結びつく。
誰かとても気の合う人、恋人なんかと、一生まどろみにいたい。(つまり、永遠に眠るということ)
そんな情景を想像するときは、必ず、静かな音楽がかかっています。
亡き王女のためのパヴァーヌとか。
いまの自分の「夢」の一つに、あるのが
牧歌的ななかで一緒に暮らしたい人と暮らすこと
それが難しいなら、一緒に眠りたい人と、まどろみの中で永遠に眠ること。
です。